犬 Stage 4
Stage 1〜3のすべての推奨事項に加えて,いくつかの項目を追加する。
- 可能な場合,腎毒性のある物質の投与をすべて中止する。
- 腎前性および腎後性の異常の有無を確認し,ある場合には治療を行う。
- 腎盂腎炎(尿路感染症はすべて腎盂腎炎につながる可能性があるため,適切に治療すること)や腎結石など治療できる疾患を除外するため, X線検査や超音波検査を行う。
- 血圧および尿タンパク/クレアチニン比(UP/C)を測定する。
- 腎臓病用の食事療法を実施する。
脱水の管理
Stage 4では,尿濃縮能が低下しているため,
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臨床的脱水,すなわち循環血液量の減少を補正する。
等張電解質輸液(乳酸リンゲル液など)を必要に応じて静脈内投与または皮下投与する。 - 犬がいつでも新鮮な水を飲めるようにしておく。
全身性高血圧
これ以上になると進行性の腎障害が生じやすくなるというような血圧の限界値は十分に検討されていない。
収縮期血圧を < 160 mmHgに抑え,腎臓以外の標的器官(中枢神経系,網膜,心臓)へのダメージを最小限にすることが目標である。
ダメージがみられなくても,収縮期血圧が持続的に160 mmHgを超えている場合には,治療を開始する。
‘持続的な’ 収縮期血圧の上昇の判定は,以下に示した期間に数回血圧を測定した上で決定する。
- 高血圧(将来的な標的器官障害への中程度リスク)1〜2ヵ月間にわたり収縮期血圧か160〜179 mmHg
- 重度高血圧(将来的な標的器官障害への高リスク)1〜2週間にわたり収縮期血圧が180 mmHg以上
標的器官のダメージが明らかな場合には,持続的な収縮期血圧の上昇がみられなくても治療を開始する。
血圧を低下させることは,CKDの犬を管理する際の長期的目標である。
急激に,または過度に血圧を減少させると低血圧症を引き起こす可能性があるため,血圧は少しずつ低下させるようにする。
犬種によっては,血圧が高くなる傾向を示し(サイトハウンドなど;付録を参照),判定に影響する場合があることが知られている。
次のような論理的かつ段階的なアプローチにより高血圧の管理を行う。
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食事性ナトリウム(Na)の制限-食事中のNa制限により血圧が低下するということは,実証されていない。
食事性Naの制限を行う場合には,薬物療法を併用して徐々に制限するようにする。 - アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ベナゼプリルなどのACEI)の標準用量を投与する。
- ACEIの投与量を2倍量にする(症例によっては,用量を上げることで降圧作用が高まる場合がある)。
- 特に重度高血圧の場合,ACEIとカルシウム拮抗薬(CCB; アムロジピンなど)を併用する。
- ACEI,CCBにさらに追加治療が必要であれは,アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB; テルミサルタンなど)と/またはヒドララジンを併用する。
脱水で状態が不安定な犬に対しては,十分に水和せずにACEIまたはCCBの投与(ARBの併用あり/なしに関わらず)を開始すると 糸球体濾過率(GFR)の急激な低下が起こる場合があるため,これらの薬剤の投与は行わないよう注意すること。
降圧治療に対する反応のモニタリング
通常,高血圧の犬では,適宜修正を行いながら生涯にわたる治療が必要となるため,継続的なモニタリングが不可欠である。 状態が安定化しても,少なくとも3ヵ月ごとにモニタリングを行う。
収縮期血圧 < 120 mmHgもしくは低血圧を示唆する虚脱や頻脈などの臨床徴候が起きないようにする。
血中クレアチニン濃度-血圧の低下と並行して,血中クレアチニン濃度が少しずつ上昇し続けることがあるが(0.5 mg/dL〈45 μmol/L〉未満の上昇),
クレアチニン濃度が著しく上昇した場合は,薬剤の副作用の可能性がある。
持続的な上昇は,進行性の腎障害/腎臓病を示唆する。
タンパク尿
Stage 4の犬においてUP/C > 0.5の場合,検査によりタンパク尿に至った原因を調べ(以下の項目の1および2参照),
タンパク尿に対する治療を開始する(以下の3および4参照)。
境界域タンパク尿(UP/C 0.2〜0.5)の場合,注意深いモニタリングが必要である(以下の項目の1および5参照)。
- 治療可能な併発疾患または病態がないかを確認する。
- 基礎疾患の特定を目的とした腎生検の実施を考慮する(付録を参照し,必要に応じて専門家に相談する。)
- ACEIによる治療と腎臓病用の食事療法を行う。
- タンパク尿がコントロールできていなければ,ACEIおよび食事療法とARBを併用する。
- 血清アルブミンが < 2.0 g/dL(20 g/L)であれば,低用量のアセチルサリチル酸(1〜5 mg/kg,1日1回)を投与する。
- 治療に対する反応もしくは病状の進行のモニタリングを行う。
- 血中クレアチニン濃度は安定しUP/Cが低下している場合 = 良好な反応
- 血中クレアチニン濃度の持続的な上昇とUP/Cの上昇のいずれかまたは両方が認められる場合 = 病態の進行
通常は,基礎疾患が治らない限り治療を生涯にわたって継続する。
基礎疾患が解消した場合は,UP/Cのモニタリングを行いながら用量を減らしてもよい。
注意
臨床的脱水や循環血液量の減少徴候がみられる犬に対するACEIもしくはARBの使用は禁忌である。
ACEIを使用する前に脱水の補正を行うこと。
脱水の補正を行わずに投薬すると,糸球体濾過率(GFR)が急激に低下するおそれがある。
リン摂取の制限
リンの摂取を長期的に制限し,血漿リン濃度を4.6 mg/dL(1.5 mmol/L)以下になるよう管理する(ただし,2.7 mg/dL〈0.9 mmol/L〉未満まで低下させない)ことは,
CKDの犬にとって有益であるというエビデンスがある。Stage 4の犬では,より現実的な治療後の目標として,6.0 mg/dL(1.9 mmol/L)未満を目指す。
これを達成するため,以下の方法を順序に従い取り入れるとよい。
- 食事中のリンを制限する(腎臓病用の食事療法)。
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食事療法を開始しても血漿リン濃度6.0 mg/dL(1.9 mmol/L)を超える場合,
腸内リン吸着剤(水酸化アルミニウム,炭酸アルミニウム,炭酸カルシウム,酢酸カルシウム,炭酸ランタンなど)を効果が出るまで漸増しながら投与する。
初期の用量は日量30〜60 mg/kgとし,食事回数に分けて,食事に混ぜて与える。用量は,食事で与えるリンの量およびCKDの病期によって異なる。
リン吸着剤は効果が出るまで(上述の通り)投与を継続する必要があるが,毒性の症状を示す用量を最高限度とする。
カルシウムおよびリンの血清濃度が安定するまで4〜6週ごとに,その後も12週ごとにモニタリングを行う。
アルミニウム剤を投与中に小赤血球症や全身性の筋力低下が認められた場合には,アルミニウム中毒が疑われるため,他のリン吸着剤に変更する。
高カルシウム血症を予防するため,症例によってはアルミニウムを含むリン吸着剤とカルシウムを含むリン吸着剤の併用が必要である。 - Stage 4の犬に対しカルシトリオール(1.5〜3.5 ng/kg)を慎重に使用し、 リンのコントロールとイオン化カルシウムおよびPTHのモニタリングを実施することにより,犬の生存期間が延長するというエビデンスがある。
代謝性アシドーシス
代謝性アシドーシスが認められた場合には(血中重炭酸濃度もしくは総CO2濃度 < 18 mmol/L), 適切な食事療法により状態を安定化させたのち,重炭酸ナトリウム(低カリウム血症が認められる場合にはクエン酸カリウム)を効果が出るまで経口投与して, 血中重炭酸濃度もしくは総CO2濃度が18〜24 mmol/Lの範囲になるよう管理する。
Stage 4の犬の治療に対するその他の推奨事項
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一般的に,PCVが20%(0.20L/L)以下になると犬のQOLに影響するといわれている。
このような場合は,貧血に対する治療を考慮する。
遺伝子組み換えヒトエリスロポイエチンの投与が最も効果的であるが,獣医療における使用は認可されていない。
ダルベポエチンは,エポエチンアルファよりも抗原性が低いため,好ましい。
タンパク同化ステロイドの有効性については実証されておらず,有害である可能性もある。 - 嘔吐・食欲減退・吐き気の症状に対しては,プロトンポンプ阻害薬(オメプラゾールなど)および制吐剤(マロピタント,オンダンセトロンなど)を投与する。
- 脱水の管理には,必要にじて非経口的に維持補液 9)を行う。
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タンパク質およびカロリーの摂取不足に対する予防対策を強化する。
栄養チューブ(経皮的胃瘻チューブなど)の使用を考慮する。 - 脱水の予防対策を強化する。栄養チューブは食事だけでなく水分の補給にも使用できる。
- 透析および/または腎移植を考慮する。
Stage 4のCKDの犬に,主として腎臓から排泄される薬剤を投与する場合には慎重に投与する。
このような薬剤は,(治療指数 10)にもよるが)体内に蓄積しないよう用量の調整が必要な場合がある。
- 1日に必要とされる輸液量と電解質量を確実に補うため,水分を保持するための維持液としては, ナトリウム濃度が低く(30〜40 mmol/L),できればカリウムが添加(13 mmol/L)されているものが理想的である (Normosol-M®〈低張電解質液。日本にはない〉または5%ブドウ糖・0.18%塩化ナトリウム液に塩化カリウムを加えたもの)。
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治療指数(治療係数)
薬の安全域。LD50とED50の比(LD50/ED50)。